正しい言葉遣いマニュアル
変換ミスの多い言葉や、使い分けがややこしい漢字などについての解説です。
制作・校正・検版等に役立つ情報をご紹介します。
・(誤)コロナ渦 (正)コロナ禍
「渦」は「うず」と読みます。コロナ渦は誤りです。
「禍」は「か」と読み、災いや災難、不幸なできごとを意味する言葉です。
「戦禍」(せんか)、「災禍」(さいか)のように、災難や災いを表す時に用いられます。
・(誤)板東 (正)坂東
坂東とは、古代から中世・近世にかけて、現在の関東1都6県とほぼ同じ地域を指す地域の名称です。坂東武士とは「坂東」現在の関東に領地を構えた武士のことです。
(誤) 万象お繰り合わせの上
(正) 万障お繰り合わせの上
読み方は「ばんしょうおくりあわせのうえ」「万障」とは「様々な障害」 「お繰り合わせの上」が「都合がつくように調整した上で」という意味になります。
合わせると「様々な困難があると思いますが調整して」ということになります。
催し物のご案内などによく使う定型句ですので注意しましょう。
ちなみに「万象」は、形あるものすべて・あらゆる現象という意味です。
四字熟語として「森羅万象」という言葉もあります。
変換ミスの多い言葉「いかす」です。
生かす
一般的 命を保たせること「金魚を生かす、生きるか死ぬか」
活かす
活用すること「経験を活かす、時間を活かす」
入力する際、「○○を」+「いかす」というように単語で切るのではなく 「○○をいかす」というように文節で変換すように心がけましょう。
そうすることによって変換ミスは減ると思います。
※現在、一般的な文書においては間違いではありませんが公文書や新聞については活用する場合も「生かす」と表記するとのことです。ちなみに本日の雷鳴抄の最後にも「追い風を生かしたい」とあります。また、変換を迷った場合も「生かす」としておけば間違いないとのことです。
会社案内等に使われる「創業」と「創立」の違いについてです。
言葉の定義をよくわからずに使っている方も多いのではないで しょうか。この機会に覚えておきましょう。
「創業」→事業を始めること
創業とは「事業を始めること」です。
個人・法人問わず事業を始めれば創業したということができ、会社として法人登記をしているか否かは問いません。また、会社の登記前に行う不動産の取得や原材料の仕入れ、財産引き受けなどの開業準備行為も創業とみなされます。
「創立」→初めて組織や機関を立ち上げて事業を開始すること
創立とは「初めて組織や機関を立ち上げて事業を開始すること」です。
登記や開業届けは不要なため会社だけでなく学校や団体にも当てはまります。創業との大きな違いは、組織や機関が存在するかどうか。組織などがない個人事業主の場合は創立という言葉は使うことができません。
また、すでに存在する会社を分化して子会社をつくったり新規事業を始めたりする場合も初めて組織や機関を立ち上げるという点が当てはまらないため創立とは言えません。
同じ読み方で変換ミスをしやすい「みる」についてです。
日本語は難しく以下のような色々な「みる」があります。
・見る 一般的「夢を見る・空を見る」
・診る 診察する「患者を診る」
・観る 見物する「芝居を観る」
・看る 世話をする「子供の面倒を看る」
入力時の変換ミスに注意しましょう。
「現状」は「今現在ある状態」という意味です。 時間が経ち元の状態から変わってしまったとしても 今現在どのような状態であるかを表すときに用います。
「原状」は「はじめにあった状態」「もとのままの形態」という意味です。「げんじょうかいふく」を「現状回復」としがちですが 「げんじょうかいふく」の意味は「ある事情によってもたらされた現在の状況を本来の状態に戻すこと」なので 「原状回復」が正解です。
意味の違いを理解し変換ミスに注意しましょう。
相手に対して何かしら依頼・お願いをする際に使われる 「お願いいたします」についてです。
よく「お願い致します」と「いたします」を漢字表記している文章を見かけますがそれは間違いです。漢字の「致す」は動詞であり、平仮名の「いたす」は「する」の謙譲語で補助動詞になります。
つまり「致す」と表記してしまうと謙譲語では無くなり相手に何か依頼・お願いする際の丁寧な表現ではなくなってしまいます。
これからは「お願いいたします」は平仮名と覚えておきましょう。
人名、特に苗字についてです。
同じ苗字でも使う字が違う苗字があります。
・あべ→阿部・安部・安倍
・いとう→伊藤・伊東
・さいとう→斉藤・斎藤・齋藤
・たかはし→高橋・髙橋
・ほんだ→本田・本多
・わたなべ→渡辺・渡邉・渡邊・渡部
名前を間違われることは決して気持ちのいいものではありません。人の名前は正確に変換しましょう。
作る・造る・創るの違いについてです。
作る
最も一般的な表記。
何かしらの素材を用いてある物を組み上げたり、今までにないものを新しく生み出す際などに用います。
例)「料理を作る」「新曲を作る」
作るという表記をする場合は比較的規模の小さなものや、抽象的なものに対して用いることが多く会社などの組織やスポーツの記録など、無形のものについても作るという表記が主に使われます。
例)「手作り料理」「手作りの椅子」
造る
作るが比較的小さなものを生み出す際に使うのに対し造るはよりサイズの大きいものを生み出す際に使うことが多くなります。
例えば、自動車や船、建物や庭園、広場といったものなどです。
またサイズは小さくても工場生産の食品や家具、日用品など製造の規模が大きいものに対しても「造る」という字で表現するのが一般的です。
創る
何か新しいモノやコトを生み出す時に使用し言葉やアイデアなど無形のものに対しても使われます。
例)「創作料理」「創作ダンス」
つくるの意味を理解し上手に使い分けしましょう。
どちらの言葉も「命懸けでも物事に取り組むこと」を意味していますが「一所懸命(いっしょけんめい)」は鎌倉時代に生まれた言葉で武士が土地を命懸けで守り生活の頼みにすることを意味していました。
そこから、土地を守るということだけではなく広く命懸けで取り組むという意味を持つようになりました。
一方「一生懸命(いっしょうけんめい)」は「いっしょ」が「いっしょう」に長音化したものです。
現在はどちらも辞書に掲載されるケースが多く、どちらを使っても誤用ということはありませんが「一所懸命」あっての「一生懸命」だということは覚えておきましょう。
ひらがなの「いただく」と漢字の「頂く」の違いについてです。
ひらがなで「いただく」と書く際は、補助動詞として使う場合が主です。補助動詞とは文章の付属として補助的な意味を持つようになった動詞のことで 補助動詞をひらがなにすることは文科省の定めによります。
「いただく」の場合は言葉の後ろに付くことで「何かを~してもらう」という意味になります。 具体的には「お越しいただく」「ご覧いただく」などの使い方になります。
漢字で「頂く」と書く場合は、動詞としての使い方が一般的です。
この場合、主に「食べる、飲む」「もらう」の謙譲語といった意味を持ちます。具体的には「ごはんを頂く」「お土産を頂く」などのように使います。「頂戴する」の「頂」と考えると覚えやすいと思います。
同じ言葉でも漢字とひらがなでは意味が違うということを覚えておきましょう。
耳にはするけど違いがよく分からない「おざなり」と「なおざり」についてです。
まず、それぞれの語源についての解説します。
「おざなり」は「御座(敷)の形なり」を縮めたもので宴会の席などで表面的に形ばかりを取り繕った言動のことを指したのもと言われています。
「なおざり」は諸説ありますが、「なほ(直・猶)+さり(去)」という説があります。
「なほ」は「そのまま何もせずにいること」
「さり」は「遠ざける」という意味から
「なおざり」は「何もしないで距離を置いておく(放っておく)」となります。
現代語として考えた場合、両方に共通している部分は「いい加減な対応」ということですが「おざなり」はいい加減ではあるにせよ、何らかの対応をする」のに対し「なおざり」は「多くの場合、何の対応もしない」ということになります。
似たような言葉でも微妙に意味が違います。文章にあった言葉を使いましょう。
表記は表書き、文字や記号で表すことを言います。
使用例としては「表記の住所に転居しました」
標記は標題・目的として記す符号という意味です。
使用例としは「標記の件について」「交通標記」
メール等で件名についてという意味で使用する際の「ひょうき」は上の使用例にもあるように「標記」が正解になりますので間違わないよう注意しましょう。
どちらも似た意味を持ち「理解して認めること」を表す言葉として使われますが違いはニュアンスにあり、意味のどこに重点を置くかが異なります。
「承知」の意味は事情などを知ること依頼などを聞き入れること理解して許すこと
「了解」の意味は事情などを理解し、承認すること
つまり「承知」は「知る」「聞く」ことに対し「了解」は「理解」することに重点が置かれます。
ビジネスシーンではどちらも「わかりました」を意味する言葉として使われますが目上の相手には「承知」を使うことがマナーとされています。
また「了解」は「了解を得る」や「了解を求める」などの使い方もありますが「承知を得る」や「承知を求める」という使い方はありません。
「変える」の意味は「物事を以前とは違った状態にする」ということで 「変化」や「変更」と言い換えることもできます。
使用例 「考えを変える」「話題を変える」等
もうひとつ「物の位置や場所を別のところへ移す」という意味合いもあります。使用例 「会場を変える」「開始時間を変える」等
「替える」の意味は「別のものに交替させる」ということです。
使用例 「バケツの水を替える」「商売を替える」等
「代える」の意味は「役目を他のものにさせる」ということです。
「代用」いう言葉に置き換えることもできます。
使用例 「ピッチャーを代える」「親代わり」「箱を台の代わりにする」等
「換える」の意味は「あるものと引き換えにあるものを得る」ということです。
使用例 「ダイヤの指輪をお金に換える」「違う言葉に言い換える」等
同じ「かえる」でもいろいろな漢字があります。文章の意味を把握し変換ミスに注意しましょう。
どちらも「わたる」と読みますが表現しているものの違いがあります。
「渡る」は道や川を横切ったり、こちらから向こうへ移動する際に用います。
使用例 「横断歩道を渡る」「海を渡る」等
「亘る」は範囲や期間を表す際に用います。
使用例 「数年に亘る仕事」「多方面に亘る知識」等
ただし「亘る」という字は常用漢字にはないため新聞等ではひらがなで「わたる」と表記されます。
「移動」とは人や物が、ある場所から違う場所に移ることを指しており物理的・距離的に人や物が移り動くときに使われます。
使用例 「明日の出張は新幹線で移動します」「机の位置を移動する」
「異動」とは会社や団体などの所属場所で役職や職務、勤務先などの人事に関する事柄に使われます。また、住民票もこの「異動」が用いられます。
使用例 「東京本社への人事異動」「次の異動で部長に昇進する」
「ください」とひらがな表記をする場合は、補助動詞としての使い方になります。
補助動詞とは、動詞でもあるものが本来の意味や独立性を無くして付属的な意味を添える機能を持つようになった言葉を言います。
「ください」も本来は動詞ですが、ひらがなで書かれる際にはこの補助動詞としての使い方になります。
英語で言うと「please」の用法が当てはまり言葉の後ろに添えることで、丁寧なお願いの意にしたい際の表記です。
具体例 「お越しください」「ご覧ください」「お気を付けください」
漢字の「下さい」は、もともとの動詞としての使い方になります。
つまり、相手に物などを求める意味合いです。
これは英語で言う「give」の用法に当たります。
具体例 「お金を下さい」「時間を下さい」「ボールを下さい」
おなじ「ください」でもひらがな表記と漢字表記では意味が違ってきます。
使い方を間違えないよう注意しましょう。
「十分」を辞書で引くと、「十分/充分」と記載されており
意味は「条件を満たして不足がないさま。満足できるさま。」とあり両者に違いはありません。
あえて両者の違いを挙げるとすると
「十分」は数的・量的に満たされていることであり
「充分」は感覚的・精神的に満たされているということになります。
「十分」と「充分」を使った例文
「資料の枚数は足りていますか?」「はい。十分です」
「幸せですか?」「はい、充分幸せです」
ただし文科省では「十」のほうを教育漢字として扱っており教科書や公文書などでは「十分」と書くのが一般的とされています。
「対応」は周りの状況に合わせて物事をすることで人以外のものに対しても使われる言葉です。
例 「事故対応をする」 「被害に対応する」
「応対」は相手になるという意味で人に対して使われる言葉です。
例えば、来客に対して受付が応えるのが「応対」で対処や対策は含まれません。
受付が応対し、担当者が来客の要求を受けて行動を起こした場合は、来客への「対応」になります。
「対応」と「応対」の違いを理解し、正しく使い分けましょう。
「及び」は複数の物事を並列して挙げたり、別の事柄を付け加えて言ったりするのに用いる言葉です。
「並びに」は前後二つの事柄をつなぐのに用いる言葉です。
どちらも「と」や「も」や「また」といった言葉に置き換えることができますが以下のような意味の違いがあります。
・同じ種類のものを並列して述べる時は「及び」
・違う種類のものを並べる時、大きな区分を並べたいときには「並びに」
例文
「リンゴ及びみかん」「ジャガイモ及びかぼちゃ」→
「リンゴ及びみかん並びにジャガイモ及びかぼちゃ」
リンゴとみかんは同じ果物なので「及び」
ジャガイモとかぼちゃも同じ野菜なので「及び」
この二つを並べる時は「並びに」となります。
同じ種類は「及び」違う種類は「並びに」と覚え使い方に注意しましょう。
これらの「はかる」はどれも値を調べる時に使いますが、対象によって使い分けがあります。
「計る」は時間や度合いを調べること、数えて考えたり見積もることです。
「測る」は長さ・深さ・高さや能力などを調べることです。
「量る」は重さや容量を調べたり、相手の気持ちを推測することです。
以上のように何を「はかる」のかによって使う漢字が違いますので入力時の変換ミスには注意しましょう。
どちらもモノづくりに関係する単語ですが何を作るかによってどちらを使うかが決まります。
「製作」は何か道具や機械などを使って製品など実用性のあるものを作る場合。
「制作」は美術品などのアート作品や、映画・音楽などを作る場合。
以上のように、作るものにによる使い分けはありますが映画や音楽などでは、その過程によって「製作」「制作」の両方を使うケースもあります。
例えば1本の映画や曲などの作品を作る時には「制作」、DVDやCDなど「モノ」を作る時には「製作」となります。
どちらの「まるい」も、中心から外縁までの距離がどの部分でも等しい、曲線からなる形状を指しますがその形状によっての使い分けがあります。
「丸い」はボールのような「球状(立体)」のものに対し使います。
「円い」はテーブルのように立体ではなく平面的なものに対して使われます。
「丸いテーブル」という間違いをたまに見かけますが円卓という言葉があるように「円いテーブル」が正解ですので使い分けには注意しましょう。
「供給」とは、必要に応じて物を提供することです。
「提供」は、自分の持っている物を他の人の役に立てるように差し出すことを言います。
「需要と供給」という言葉があるように必要性があれば「供給」なければ「提供」になりますので使い分けには注意しましょう。
句読点は明治時代に入るまで使われておらず、最初は学校で子どもが文章を読みやすいように使われ始めたようです。
大人に対する文章に句読点を付けることは相手を子ども扱いし、失礼にあたるということで使われてこなかったようです。
また、慶事に区切るをつけないという縁起を担ぐ意味もあるそうです。
同様に、賞状などにも句読点をつけないことが一般的です。
「配付」の「付」は「人に手でものを渡す」「そこまで持っていく」という意味があります。これに「配(くばる)」を付けた「配付」は「特定の人々一人一人に配る」ことを意味する言葉です。
「配布」の「布」は「広い範囲に行き渡る(渡らせる)」ことを意味する言葉です。これに「配」を付けた「配布」は「広く配って行き渡らせる」ことを意味します。
したがって、あるモノを「各人に配り渡す」場合は「配付」。「不特定の大勢に渡す」場合は「配布」を使います。
文章表記の際には注意しましょう。
「紙面」は新聞紙やタブロイド紙など、新聞形式の印刷物の記事を印刷する面、書籍の本文を印刷する面のことを指します。
「誌面」は雑誌の記事を印刷する面を指します。
地方自治体が広報のために発行している印刷物はタブロイド判の新聞紙型広報を「広報紙」、A4判の雑誌型広報を「広報誌」と区別しています。
現在はA4判の雑誌型「広報誌」が主流ですが、かつて新聞型「広報紙」が主流だったころの習慣が残り、A4判の雑誌型を「広報誌」ではなく「広報紙」と呼ぶケースが少なくありません。
「早い」は要する時間が短い、時点・時刻が比較的前であることを意味します。
「速い」は動作がすみやか・急であるという意味です。
例えば「電車が速い」だと、その電車の速度・スピードがはやいことを表し、「電車が早い」だと、その電車の到着時刻がいつもより前であることを表します。
ちなみに「早い」「速い」どちらも対義語は「遅い」です。
入力時の誤変換には注意しましょう。
どちらも夏のご挨拶ですが時期の違いがあります。
「暑中」は一年で最も暑さが厳しいとされる時期で、暦の上では夏の土用(7月19~20日ころから8月6~7日ころまで)の時期を指します。
この時期は秋が始まる「立秋」の直前で一年で最も暑さが厳しくなるとされています。
「残暑」は暦の上で「立秋」を迎える8月7~8日ころ以降を指します。
暑さが残る時期という意味なのではっきりとした終わりの日付はありませんが、一般的には8月いっぱいとされています。
「立秋」が8月7日の場合、8月6日までが「暑中」、8月7日からが「残暑」となります。
夏のご挨拶を出す際は「暑中見舞い」と「残暑見舞い」をきちんと使い分けましょう。
「格別」は名詞的用法で「普通とは違うこと。特に優れていること」と使うことができますが、副詞的用法で「とりわけ・特別」と使うことも可能です。
例えば、食事の席でおいしい料理を食べた時に「このお刺身のおいしさは格別だ」と使うのが名刺的用法であり、「この刺身は格別おいしい」と使うのが副詞的用法です。
「別格」は「定められている形式に拘束されないこと。特別の扱いを受けること」を意味し、他のものや人と比べて優れていたり、他とは違って格が高いことを表します。
「他のものとは比べものにならない」「他のものとは別次元である」と言い換えられ、桁違いであるさまを伝えたいときに使われます。
同じようなニュアンスの言葉でも意味や使い方に違いがありますので、上手に使い分けましょう。
どちらも事業を引き継ぐ場合に使われる言葉ですが少しだけ違いがあります。
「承継」は、先代から「地位や精神、身分、仕事、事業を受け継ぐ」という意味。「継承」は、先代から「義務や財務、権利を受け継ぐ」という意味があります。
先代から何かを受け継ぐ点では同じ意味ですが「継承」に比べて「承継」の方が受け継ぐものがやや抽象的です。
土地やお金といった形ある財産を受け継ぐ「継承」に対して「承継」の場合は無形財産を引き継いでいると言えます。
<知って得する豆知識>
事業承継によって引き継がれるものは以下の3つがあります。
経営権の承継
資産の承継
知的財産の承継
「遺跡」とは「過去の人間の活動の後が残されていることが確認できる場所」という意味で、かつての人類の生活や痕跡の残る場所のことを指します。
具体的には貝塚や古墳、集落跡といった遺構や遺物の残る場所がそれにあたります。
「遺跡」の「遺」は「残る・とどめる」を意味し、「跡」は「以前に何かあったしるし」を意味します。
「史跡」は「遺跡のうち特に法律に基づいて指定保護されるもの」を意味します。
古墳や集落跡、城跡のうち特に歴史的・学術的な価値が高いと法律や条例で認定されたものを「史跡」と呼びます。
上記のように、特に学術的な価値の高いものを「史跡」と呼び、それ以外のものを「遺跡」と呼んで区別しています。
どちらも読み方は「ゆえん」ですが意味や使い方には微妙な違いがあります。
「所以」は「わけ・いわれ(由緒)」という意味で、漢文の訓読みが由来と言われています。
本来「もって~するところ」となるはずだった読み方が「~するゆえん」と習慣化したものです。
「所以」は名詞として使われることが多く、使い方としては「~した所以」「~である所以」のように文末につけることが一般的です。
「由縁」は「因縁・ゆかり」を意味し、主に事の最初の始まりや風習、伝承、または関係を表す時に使う言葉です。
「由縁」の使い方としては「~の由縁」のように名詞の後につけます。
「所以」と「由縁」を使った例文
「所以」:織田信長が信長たる所以→織田信長が信長たるいわれ
「由縁」:織田信長の由縁がある本能寺→織田信長のゆかりがある本能寺
同じ「ゆえん」でもしっかりと使い分けましょう。
暦の上で休日となっている日をなんとなく「祝日」「祭日」「祝祭日」と言っていますが、正確には「祝日」というのが正解です。
「祝日」とは、その国の大きな出来事や記念日を国が制定した日です。
昭和23年(1948年)に施行された「国民の祝日に関する法律」で定められており、現在年間16日あります。
「祭日」は、かつて皇室の祭典や神社のお祭りなどの宗教儀礼を行っていた日のことです。もともと皇室祭祀令という宮中祭祀に関する法令があり、ここで祭日が定められていました。しかし昭和22年(1947年)に廃止され現在では祭日は無くなっています。
ただ名前を変えて今の祝日に受け継がれているものもあります。
今の祝日に受け継がれた主な祭日
・紀元節(きげんせつ)→建国記念の日
・明治節(めいじせつ)→文化の日
・新嘗祭(にいなめさい)→勤労感謝の日
読み方はどちらも「おまいり」ですが使い方には違いがあります。
「お参り」は仏様に念ずることを指し、主にお寺やお墓、仏壇に対して使う言葉です。
「参る」は「行く」の謙譲語で、「参」という漢字には目上の方への敬意が込められています。
「お詣り」は神様に願いを捧げることを指しており主に神社や神棚に使う言葉です。
「詣」という漢字には「いたる」という意味があり、高い域にいる神様に祈りを捧げることを表しています。
同じ「おまいり」でも対象によって使う漢字が違いますので、きちんとした使い分けをしましょう。
「世論」の読み方は「せろん」が本来の正しい読み方です。
「よろん」の読み方は「輿論」という熟語から来たものになります。
「輿論」は「世間一般の人々の考え」というい意味の言葉ですが、「世論」とは微妙に意味合いが違います。
「輿論」が「人々の議論あるいは議論に基づいた意見」を表すのに対し、「世論」は「世間一般の感情あるいは国民の感情から出た意見」を表しています。
しかし、「輿論」の「輿」という字が昭和21年公布の当用漢字表に含まれなかったこ
とから「世論」の表記が代用されました。
そのため「世論」に「よろん」の読み方が加わったという経緯があります。
ただ現在では「よろん」の読み方の方が多数派となっています。
上述のように「世論」の読み方は「せろん」が本来のもので「ある社会問題に対して、世間一般の人々が持っている意見や考え」といった意味を表します。
使用例としては「世論調査」という場合は「よろん」を使い、単に「世の中のうわさ」などを表す場合は「せろん」を使います。
「尊敬語」は目上の人に対して使う言葉で、相手を敬う意味合いの言葉です。
「尊敬語」という文字通り「尊敬の意」を表しているので相手を立てる時に使う言葉
です。
「謙譲語」は目上の方に対して自分をへりくだる時に使う言葉で、自分を下げることで相手を立てるという意味合いがあります。
「謙譲」という言葉は「へりくだる」や「謙遜」という意味があるので「謙譲語」とは自分を低く表現する言葉になります。
どちらも相手を立てた言葉遣いになりますが、この2つは主体が異なり「尊敬語」は相手が主体、「謙譲語」は自分が主体の言葉になりますので使い方には注意しましょう。
「参拝」とは神社仏閣で拝む行為を指す言葉です。
神社やお寺にお詣りに訪れた人々を参拝客と表現します。
「参詣」とは神社仏閣に行く行為を指す言葉です。
拝まずとも、鳥居や山門をくぐると参詣したことになります。
どちらも神社仏閣に行く点は同じでも、拝むかどうかが使い分けの基準になります。
「参拝」は神社で拝む行為で、「参詣」は神社仏閣に行く行為と覚えましょう。
「公示」とは憲法で定められており天皇の国事行為を伴う選挙の時だけに使われます。
これにあたるものが衆議院の総選挙と参議院の通常選挙です。
このほかの選挙では国政選挙を含めて「告示」を使います。
「公示」
・衆議院の総選挙
「総選挙の期日は、少なくとも12日前に公示しなければならない」(公選法31条の4)
・参議院の通常選挙
「通常選挙の期日は、少なくとも17日前に公示しなければならない」(公選法32条の3)
「告示」
・衆・参各議員の再選挙
・衆・参各議員の補欠選挙
・都道府県の知事と議員
・市区町村の長と議員
今回は「ルビ」についての豆知識です。
「ルビ」とは皆さんご存知の通り、漢字に小さい文字で付けられる振り仮名のことを指しますが
その語源は宝石の「ルビー」からきています。
19世紀後半のイギリスでは活字の大きさごとに宝石の名前が割り振られていました。
例えば
・4.5ポイント:ダイアモンド
・5ポイント:パール
・5.5ポイント:ルビー
・6.5ポイント:エメラルド
これが日本に輸入され、5.5ポイントに近い大きさの七号活字を「ルビ活字」と呼び
振り仮名自体を「ルビ」と呼ぶようになりました。
ちなみに七号活字とは、明治時代の新聞活字で振り仮名として利用されていたものです。
皆さんが日頃食べているのはどちらでしょうか。
呼び方が違いだけで同じと思っている方もいるかもしれませんが
「ピザ」と「ピッツァ」には明確な違いがいくつかあります。
最も大きな違いは焼き方です。
「ピザ」はオーブンやフライパンで焼きます。
それに対し「ピッツァ」は石窯で焼きます。
デリバリーやテイクアウトで食べている「ピザ○○」や「○○ピザ」は
大型のオーブンで焼いているので「ピザ」
石窯焼きと謡っているお店のものは「ピッツァ」ということになります。
その由来は「韓非子—難—」に出てくる話からきています。
その昔、中国の楚の国に、盾と矛を売っている商人がいました。
彼は「私の盾は堅くて、どんな矛でも突き破ることはできない」と言う一方で
「私の矛は鋭くて、どんな盾でも突き破ることができる」とも宣伝していました。
そこである人が「お前の矛で、お前の盾を突いたらどうなるのか」と尋ねると
その商人は答えに詰まってしまったということです。
そのことより「矛盾」とは、事の前後が食い違うこと、つじつまが合わないことを指します。
「オノマトペ」とは、様々な状態や動きなどを音で表現した言葉のことです。
主に自然界にある音や声など、現実に聞こえる音を人の言葉で表現したものや
実際には音は聞こえないが感覚的な表現としてのオノマトペがあります。
日本語は特にオノマトペが多く用いられる言語といわれています。
オノマトペの語源は、古代ギリシャ語のオノマトポイーア(onomatopoiia)に由来します。
古代ギリシャ語のonoma(名前)とpoiein(作る)という言葉が融合して
オノマトポイーア(言葉を作る)という言葉が生まれました。
このオノマトポイーアを語源として、英語ではオノマトピア、フランス語ではオノマトペという言葉になりました。
オノマトペには擬音語と擬態語とがあります。
擬音語は音を描写した「ワンワン」「ニャーニャー」「ゴクゴク」などで
擬態語は「イライラ」「キョロキョロ」「シーン」など実際には音はしていないが
言葉によって状態や動作などを表現しています。
「慣習」とは、社会の集団により伝えられ引き継がれてきたならわしやしきたりのこと。
「習慣」とは、個人が繰り返し行うならわしやしきたりという意味と
社会の集団によるならわしやしきたりという意味があります。
つまり、「慣習」と「習慣」の最大の違いは、その対象者です。
「慣習」は対象となるのが「社会の集団」ということで、「個人」には使いません。
例えば、集団で行う「まつり」や「ある地域でその時期に決まって食べる料理」などが「慣習」になります。
それに対し「習慣」は「個人」と「社会の集団」が対象となります。
「社会の集団」という意味では「慣習」と同じ意味ですが
どちらかといえば「習慣」は「個人」に多く使われます。
「自分は、夜10時に寝る習慣がある」
「自分は、毎食後必ず歯磨きをする習慣がある」
このように、「個人」のならわしやしきたりに多く使われます。
意味は「安全な高い場所から騒動を眺めるように、第三者の立場で成り行きを傍観すること」です。
では漢字で書くとどのように書くでしょう。
高い場所から見るから「高見の見物」と書く人も多いのではないでしょうか。
しかし実際は「高みの見物」が正解です。
「高み」には「高い場所」という意味があり
「み」は場所や程度を表す接尾語なの「高見」と漢字で書かないのが正解です。
同様に「旨みのある仕事」や「苦み走ったいい男」なども
「おいしい(得する)部分がある」「渋さ(男らしさ)が強い」という傾向を表しているため
「味」と漢字で書かずに「み」とひらがなで書くのが正解です。
「時刻」とは、時の流れの中にある一瞬、時点を指す言葉です。
「時刻」の「刻」は訓読みでは「刻(きざ)む」と読み、時の区切り目を表す漢字です。
基本的に「○時○分」という形で示されるのは「時刻」となります。
逆に、ある程度の幅を持った時の長さについて言及する場合は「時刻」は使われません。
それに対し「時間」とは、ある時点とある時点の隔たりや時の長さを表す言葉です。
文字通り、「時刻と時刻の間」を表すのが「時間」であると言えます。
たとえば「睡眠時間」や「所要時間」などのように
ある程度幅を持った時の長さについて言及する場合に使われます。
どちらも「お金を預けるもの」として、現在はほほ同じ意味で使われていますが
実はこのふたつ、もともとは違う言葉なのです。
「預金」とは銀行・信用金庫・信用組合・信託銀行・各種ネット銀行にお金を預けることです
それに対し「貯金」はゆうちょ銀行・JAバンク(農協)・漁協や各地にある水産加工協同組合にお金を預けることです。
このふたつは同じ性質の金融商品ですが、金融機関としての成り立ちに違いがあり
昔の名残で呼び方にも違いがあります。
【預金が生まれた経緯】
日本に初めて銀行ができたのは1873年(明治6年)です。
渋沢栄一が「国立第一銀行」(現在のみずほ銀行)を設立しました。
この時、英語の「deposit」を訳して「預金」という言葉を作ったと言われています。
当時の銀行は今と違い、商人や企業が主なお客様で
個人が気軽に利用できるところではありませんでした。
【貯金が生まれた経緯】
一方で郵便貯金制度は1875年(明治8年)に前島密によって
郵便局に行けば誰でも利用できるものとして創設されました。
この時イギリスの郵便局で使われていた「savings」を訳して
「貯金」という言葉が生まれたと言われています。
このように「預金」は商人や企業向けのもの
「貯金」は個人向けのものという性質があり、もともとは違うものでした。
しかも銀行は金融庁、郵便局は郵政省(現在は金融庁)の監督だったため
長らく別の言葉として使われてきました。
しかし第二次世界大戦後、GHQによる金融改革で個人でも銀行が利用できるようになり
両者の実質的な違いはなくなりましたが、言葉の成り立ちの違いは覚えておきましょう。
期間は「ある時点から他の時点までの時間的へだたりの長さ」です。
具体的に日付を指定する場合や、「○○日間」と時間のみを決める場合
一つの時点を決めて時間を定める方法などがあります。
例 4月1日から5月31日まで
30日間
4月1日から1か月間
期限とは「ある時点までのこと」をいいます。
ある時点は時間でも日付でも良いとされています。
例 5月末日まで
5月1日23時まで
期日は「ある特定の日」のことです。
契約などの場合ピンポイントで日にちが決められているため
それ以外の日に何らかの行為を行った場合は契約違反になります。
例 12月31日におせち料理が届くという契約を結んだ
まとめ
期間は始まりと終わりの日時を定めるもの
期限は終わりの日時のみを定めるもの
期日はピンポイントで日時を定めるもの
それぞれの意味を理解し上手に使い分けましょう。
お花見は奈良時代の貴族が始めた行事と言われており
当初は中国から伝来した梅の花を観賞するものだったようです。
平安時代に入り花が梅から桜へと移り変わっていきました。
桜の花でのお花見の起源は「日本後紀」によると
嵯峨天皇が催した「花宴の節」であると記されています。
当初は貴族の行事だったお花見ですが、鎌倉時代になると武士階級にも広がっていきました。
豊臣秀吉が催した「吉野の花見」や「醍醐の花見」は有名です。
栃木の武将、藤原秀郷もきっと花見をしていたに違いありません。
江戸時代には貴族以外にもお花見文化が広がりました。
桜の品種改良も進み、現在日本各地で鑑賞できる「ソメイヨシノ」もこの時代に作られました。
貴族や武士がお花見を楽しんでいた時代、農民の間にも豊作祈願の神事としてお花見は行われていました。
桜には春に山から降りてくる「田」の神様が宿っていると信じられており
桜の花の咲き方で農作物の収穫を占ったり、開花時期に合わせて稲の種まき準備をしたりと
農民にとっても桜は大切なものでした。
「上げる」は下げる(下がる)の対語で
「下から上へ移す」「低いものを高くする」という意味で
「効率を上げる」「荷物を持ち上げる」というように使われます。
「挙げる」は「手を高くあげる」「事を行う」という意味で
「手を挙げる」「結婚式を挙げる」等、物事をはっきり分かるように示す時に使います。
「揚げる」は「かかげる」「浮かべる」という意味で
「たこを揚げる」「天ぷらを揚げる」というような使い方をします。
「特殊」とは
「性質や内容が他と著しく異なること」いう意味で今までとは全く違い一緒にできない様子のこと。
「ある目的専用や、ある内容専用」という意味で機能や用途、目的などが限定されていること。
「ある限られた範囲のものにしか適用されないこと」という意味で理論や法則など、当てはまる範囲が限定されること。
上記に共通するのは「他とは全く異なる」ということです。
「特別」とは
「他との間に際立った区別があること」という意味で他と比べて明らかに扱いが違っている様子。
「性質や状態などがとりわけ目立っていること」という意味で他とははっきり区別されること。
「これといって」という意味で「特別○○ない」として使われます。
上記に共通するのは「はっきり区別される」ということです。
【まとめ】
特殊→他のものとは全く違い一緒にできないこと
特別→他と比べて明らかにはっきりした区別があること
漢字の「長い」と「永い」の使い分けは
時間のことなのか、時間以外のことなのかで分けられます。
時間以外の「長い髪」「長い道」など、空間的に端から端までの隔たりが大きいことや
「気が長い」「長い目で見る」「息の長い」など、抽象的な表現には「長い」を用います。
「長年」と「永年」、「長い年月」と「永い年月」、「長らく」と「永らく」など
時間的表現にはどちらも使いますが、「長い」は単にながい時間を表し
「永い」はいつまでも続く永続的・永遠的なとこを表します。
「永い」は永続的な表現のため「末長いお付き合い」と書くよりも
「末永いお付き合い」と書いた方が、いつまでもお付き合いしたいという印象を与えます。
また、永遠的なことを表すため「永い眠りにつく」など
死に関する表現にも「永い」は用いられます。
春の季語の「ひなが」と秋の季語の「よなが」は、同じような時間の長さを表す言葉ですが
春は「春の日永」、秋は「秋の夜長」というように、慣用句として使い分けが決まっているものもあります。
1、IT(アイティー)
「Information Technology」の略で、日本語では「情報技術」と訳されています。
アメリカ情報工学協会では
「コンピュータをベースとした情報システム、特にアプリケーションソフトウェアやハードなどの研究
デザイン、開発、インプリメンテーション、サポートあるいはマネジメント」と定義されていますが
分かりやすくいうと
「世の中のさまざまな伝統的なやり方を、コンピュータとネットワークで変えていく行為」のことです。
2、AI(エーアイ)
「Artificial Intelligence」の略で、日本語では「人工知能」と訳されています。
本来の意味は
「人間が脳で行っている知的作業をコンピュータで人工的に模倣するための概念や技術」と定義されていますが
もう少し簡単に説明すると
「コンピュータで人間の脳と似たような働きをするシステムを作る技術」などをAIと呼びます。
3、SNS(エスエヌエス)
「Social Networking Service」の略で、日本語では「会員制交流サイト」と訳されています。
代表的なSNSには下記のようなものがあります。
・ツイッター
・フェイスブック
・インスタグラム
・ライン
どちらも「量が多い」ということを示す言葉ですが
「多い」と「大きい」では意味が違います
「多量」は、数値であらわすことができる場合に使います。
例 出血多量、多量の睡眠薬
「大量」は、数値であらわすことができない(困難)な場合に使います。
例:大量の移民がおしよせる、大量の商品
つまり、「多量」は数値の概念であり、「大量」は形状の概念ということです。
「多量」と「大量」の使い方には十分注意しましょう。
ステッカーは、裏にのりがつけられている紙片という意味があり英語では「sticker」と表記されます。
「stick」とは「貼る」や「くっつく」という意味で、粘着力があることを表しています。
ステッカーは雨や風にさらされてもはがれにくく、日光による日焼けや色落ちにも強い性質があるため
屋外にあるものに貼り付けて使用されることが多いです。
シールは英語の「seal」のことで、封印や印章という意味をもっています。
シールは、手紙や容器などが開かないように固定し保護する役割を果たします。
現在では、のりがついている紙片を広くシールと表現しています。
ラベルは英語の「label」のことで。中身が何であるかを表示するためのものです。
ラベルには、レッテル・はり紙・荷札などの意味があります。
中身が見えない箱や嚢にラベルを貼り付けると、開封しなくても中身の識別が可能です。
ラベルには情報を表示するという役割があるため、食品の原材料名や賞味期限などの情報を
表示するために使用する場合もあります。
どちらも温度が高いことを表す言葉ですが
基本的には気温に対しては「暑い」を使い
気温以外の物の温度や体温については「熱い」を使います。
また、「熱い」には感情が高まっているという意味もあります。
「暑い」の使用例
・今年の夏は暑い日が続いている
・部屋の中が暑い
・今日は日差しが強くて暑い
「熱い」の使用例
・熱いお茶を飲む
・日差しが強くて体中が熱い
・熱い声援
同じ「あつい」でも使い方、変換ミスには注意しましょう。
「措置」は「解決をつけるためにとりはからうこと」という意味です。
「措」には「おく。すえおく。とりはからう」などの意味があります。
「置」には「おく」という意味はもちろんのこと「しまつする」という意味もあります。
「措置」はそれぞれの漢字の意味からも「とりはからって、しまつする」となり
初めから最後まで必要な手続きを行い、物事を始末するという意味になります。
また、物事が起こる前の対応についても使う言葉で
「事前に対処する」という意味で使うこともあります。
「処置」は「状況などを勘案して扱いを決めること」や
「傷や病気の手当てをすること」という意味です。
「処」は「とりはからう。ところ。いる。おく」などの意味がある漢字ですが
この場合は「とりはからう」の意味で使われています。
「置」は「措置」と同じ意味なので
「処置」は「状況に応じて扱いを決める」という意味の言葉で
「措置」のように必ずしも最後まで対処するとは限りません。
また、物事が起こってから行う対応のことを指しますので
この点も「措置」とは違ってきます。
「措置」と「処置」使い方には十分注意しましょう。
まず事実とは、実際に起こったこと、現実に存在するこで
誰がどう見ても変わりようのない事柄のことを指します。
つまり事実というのは、ひとつしか存在しないということになります。
それに対し真実とは、嘘偽りのないこと、本当のこと指します。
そして真実というのは、その事柄に対していくつもの解釈が存在します。
つまり真実はひとつだけではないということです。
【参考例】
Aさんはスーパーで50円のリンゴを1個買い家に持ち帰って食べました。
Aさんはそのリンゴを食べて「とても甘い」と感じました。
1行目は実際に起こったことなので「事実」
そのリンゴは「とても甘い」はAさんが感じた本当のことですが
Bさんは「酸味があってすっぱい」と感じるかもしれません。
つまり2行目は複数の本当が存在するので「真実」ということになります。
「事実」と「真実」
どちらも嘘偽りのないことを指しますが
「事実」は実際に起こった嘘偽りのない事柄
「真実」は事実に対する偽りのない解釈ということになります。
「事実」と「真実」その意味を理解して上手に使い分けましょう。
注意の「注」は「そそぐ」と読みます。
「そそぐ」とは液体などを1か所や1点に流し込む時に使います。
そして「意」は「意識(気持ち)」という意味で使われます。
そのため「注意」とは「意識を1か所や1点に集中して流し込む」ことで
具体的な物事、特定の対象に神経を集中させること、用心することを意味します。
留意の「留」は「とどめる」と読みます。
「とどめる」には複数の意味がありますが
この場合は「意識して記憶に残す」という意味です。
「意」は注意と同じく「意識(気持ち)」と言い身なので
「留意」とは「気をつけたい事柄などを意識し心にとどめておくこと。常に気を付けること」
という意味になります。
より気を付けてほしいことや警戒してほしい時は「注意」で強調しそこまで気を付ける必要はないけれど覚えておいてほしい時は「留意」と覚え上手に使い分けましょう。
「結果」とは、何かを行ったり、何かが起こった後に、どんな状況・状態になったか、目標を達成したり基準を満たすことができたかどうかという「最後の状況・状態」を指す言葉です。
結果は必ずしも良い物とは限らず、悪いものも存在します。
また、その結果に至るまでの経過は含まれず、あくまでも最終の状態のみを見て判断
されます。
それに対し「成果」は、何かを行ったことによって現れた行動と因果関係がある
主に良い結果もしくは最終地点にたどり着くまでに得られた良いことの事です。
つまり成果は、最終的に得ることができたものに対し良い物であったというだけでなくその経過も含まれる場合があります。
そのため、だれが見ても明確なものであると一概には言えず
見る人によって異なるものが「成果」と言えます。
「結果」と「成果」、意味の違いを理解し上手に使い分けましょう




